教室においては、人との関わりが少なく、物を使った一人遊びが中心となる子どもたちも多くいますが、何かしらの形で人との関わりが生まれていくことが、その子の発達を支えていきます。
特に、物の世界との結びつきが強い子に関しては、本人から他者に向ける興味や関心が一瞬であったり、かすかであったりする場合もありますが、そうしたサインをキャッチして応答することが、人との関係性の発達に繋がっていきます。
子どもたちが好きな物遊びで、プラレールの電車やミニカーの車を使った遊びがあります。
先日も、ミニカーを使って一人遊びを長いことやっている子がいて、近くにいる職員との関わりがなかなか生まれませんでした。ところが、その子が偶然、ネジ式の車を後ろに引いて手を離したら、車が前に進んでいき、びっくりしたような様子です。どうしたらもう一度車を動かせるのか思案している様子でしたが、職員がもう一度、車を引いて発車させてやると、やはりびっくりして、今度は嬉しそうな表情で職員の方を見てきました。その遊びの中で初めてその子との交流が生まれた瞬間です。その後、その子はもう一度やってほしいとでも言うように、色々な種類の車を職員に渡しては、車を発車させるという遊びになりました。
また別の子はプラレールの電車遊びに熱中し、動く電車を興味深く横から見つめています。職員に「走らせて」とでも言うように電車を渡してくれていました。そうした遊びをしているうちに、その子が職員の方に向けて電車を発車させる時に、職員の方をチラ、チラと楽しそうな表情で見てくれました。
二つの遊び場面で見るように、人との関わりと言っても、「車や電車を職員に渡す行為」は「電車(物)」を走らせるために「職員(人)」を使うといった意味で、「物」の世界の方により引かれた行為です。
一方、上に示したような、走っている車や電車を一つのきっかけに、驚きや喜びを持って職員を「みる」という行為は、より「人」の世界に引かれた共感的な行為と受けとめることができます。
上に示した2つの遊び場面からは、子どもが「物」に興味や驚きを示した瞬間を感じ取って、その子一人ではできそうにない遊びの意図の実現を、その場でサポート(ネジ式の車を発車させてあげたように)してやれるかどうか。また、玩具が動いてそれに触発された時、子どもが喜びや関心を持って、ほんの一瞬、大人を「みる」、その時に大人がその子を共感的に見つめ返してやれるかどうか。そうしたことに大きな意味があるように思うのですが、こうした瞬間は、その子に対して、共感的で積極的な関心を向け続けていく中に生まれてくるのではないでしょうか。